ゲノム編集食品、いよいよデビュー
3月18日、厚生労働省の薬事・食品衛生審議会 食品衛生分科会 新開発食品調査部会が開催され、ゲノム編集食品を流通させるためのルールについて議論が行われた。
この調査部会で、「ゲノム編集」と呼ばれる遺伝子操作技術を応用した食品について、厚生労働省の専門家会議は流通させる際のルールの最終報告書をまとめた。
ゲノム編集を応用した農産物は、早ければ夏にも国への届出だけで販売できる様になる見通しである。
ゲノム編集の概要は次の通り。
生物のDNAは何らかの理由で切断してしまうことが少なくないが、切れても元通り修復する。
DNAの切断は自然界で普通に起きているが、薬剤や放射線でも同じ事が起きる。
普通は元通りに修復するが、まれに修復ミスが起きることがあり、修復ミスの場所によって生物の性質が変わってしまうことがあり、この現象が突然変異と呼ばれている。
この現象で出来た作物もあり、ミカンの寿太郎温州、柿の刀根早生などが、枝変わりと呼ばれる自然の突然変異で出来た品種で、DNAの修復ミスにより出来た品種である。
又、同種の植物や動物の交配も広い意味ではゲノム編集と言えよう。
一方、薬剤や放射線照射でDNAを故意に傷つけて行う品種改良も行われている。
たとえば梨のゴールド二十世紀、おさゴールド、寿新水は、ガンマ線照射により黒斑病に対する耐性を強めた品種である。
しかし、交配や薬剤、放射線照射による品種改良は出たとこ勝負であり、優秀な品種となる保証は無い。
長期間時間をかけて選別や交配等を経て新品種を開発することになり、きわめて非効率であった。
そこで新しい手法として、遺伝子組換えが開発されたわけである。
様々な生物から目的に合った遺伝子を取り出し、対象の生物に組み込む手法である。
遺伝子組換えとは
遺伝子組換え等の先端技術について
この技術により、青色のバラや除草剤に耐性のある小麦とかが開発可能となったわけである。
一方で、「競合における優位性」、「交雑性」、「有害物質の産生性」等が問題になってくる。
自然界で遺伝子組換え植物が元々の野生種の植物を淘汰したり、交雑種の繁殖、予期しない有害物質の産生で野生の動植物や微生物などの減少や絶滅のリスク等、生物多様性に影響を与える可能性が有る。
また、アレルギー性のタンパク質など、ヒトの健康に係わ有害物質を作り出す可能性も有るわけである。
ゲノム編集技術は外部からの遺伝子組み込みでは無く、遺伝子の編集技術と言うことで3パターンを想定している。
タイプ1はDNAの目星を付けた箇所を、人工制限酵素(はさみ)で切断し、切断されたDNAが自然修復時に修復エラーを起きる事を期待するもの。
タイプ2は人工制限酵素でDNAを切断するのは同じだが、言わば鋳型として標的遺伝子と相同的な配列に一部異変を導入したDNAを使うもの。
タイプ3は有用遺伝子を組み込んだDNAを導入したもの。
この分類は最終的な作物の分類であり、途中の手法は問わないとされる。
タイプ3は遺伝子組換えとして扱われ、安全性審査の対象になり、タイプ1は対象外となっている。
タイプ2は個別に判断ということになっている。
タイプ1のDNAの修復エラーを用いた品種改良は今までも行われていた。
薬剤やガンマ線照射、イオンビーム照射等でDNAを切断して、DNAの修復エラーが起きる事を期待するものであった。
ただし、この方法ではDNAのどの部分を切断できるかは判らない。
ゲノム編集では、DNAの二本鎖を狙った配列の部分で切断する必要がある。
現時点ではDNAのいわばハサミとして「CRISPR/Cas9」が用いられる。
クマムシでも分かる。ノーベル賞候補・ゲノム編集技術「CRISPR/Cas9システム」
基礎からわかるゲノム編集技術「CRISPR」
切断されたDNAが修復されるが、この際にDNAの塩基配列に欠損が起きたり、他の配列が挿入され変異が起きることを期待する方法で、遺伝子ノックアウトとも呼ばれる。。
また、切断されたDNAの修復の鋳型として、一部の塩基配列を改変したDNAを導入する方法もあり、遺伝子ノックインと呼ばれる。
ミカンを含めた柑橘類の果実はカビが生えやすいが、これは果皮に豊富に含まれるプロリンというアミノ酸が、青カビの仲間の「Penicillium digitatum」や「Penicillium italicum」の胞子の発芽や成長を促進させるためである。
遺伝子ノックアウトでプロリンの産生に係わる遺伝子を働かない様にさせれば、カビの生えにくいオレンジとか作り出せる可能性も出てくる訳である。
また味が良いがある特定の病気に弱いトマトを、遺伝子ノックインでその病気の受感性に係わる遺伝子を、病気に強いトマトの遺伝子と置き換えたり、塩基配列を編集した遺伝子と置き換え、味がよく病気に強いトマトを作り出せる可能性も出てくる。
この方法が従来の遺伝子組換えと異なる点は、鋳型に使われる遺伝子が、作物などの植物であれば受粉可能な植物に限定され、自然界で起きえる変異に限定される。
これは別の問題になる訳で、現時点ではゲノム編集の有無が検査できず、ゲノム編集していても開発者が公表しない限り、ゲノム編集食品かどうか判らないことになる。
消費者団体などが安全性評価を求めたのに、届出だけで良くなった理由の1つとなっている。
ゲノム編集による変異が自然界でも起きえる範囲内であるとされたことと、ゲノム編集が行われたかどうか現時点で検査できない事による。
現状では実際にはゲノム編集された作物でも、従来通りの品種改良を繰り返したと主張されればそれを否定することが出来ない。
ある意味、正直者が馬鹿を見るという事にもなりかねないというのも理由の1つである。
遺伝子組み換え食品でも似たような問題がある。
遺伝子組み換え食品の場合、その旨の表示が必要な食品がある。
醤油や味噌の材料に使われる大豆は表示義務があるが、表示に大豆(アメリカ)(遺伝子組換えで無い)という表示のあるものがある。
ところが、醤油などは発酵の過程で大豆の遺伝子やタンパク質が消失してしまうため、現状では遺伝子組換えの材料を使用しても検査できないという問題がある。
悪質業者が、遺伝子組換え大豆を使って(遺伝子組換えで無い)の表示をしても判らないわけである。
また、目的とする切断箇所と異なる箇所を切断するオフターゲットも問題となっている。
オフターゲットにより意図しない突然変異が導入され、食品であればアレルギー物質の産生の可能性があるが、従来の品種改良との比較で特に多いわけでは無いとされる。
辺りのやりとりは、2018年11月19日の薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会新開発食品調査部会 遺伝子組換え食品等調査会で、消費者団体等の参考人からヒアリングを行っている。
バイテク情報普及会提出資料
一般社団法人日本育種学会提出資料
日本生活協同組合連合会提出資料
たねと食とひと@フォーラム提出資料
日本消費者連盟提出資料
一般社団法人FOOD COMMUNICATION COMPASS提出資料
3月27日付の薬事・食品衛生審議会 食品衛生分科会 新開発食品調査部会報告書で、ゲノム編集された食品で、外来遺伝子およびその一部が残らない物に関しては届出だけで販売できるようになった。
ゲノム編集技術を利用して得られた食品等の食品衛生上の取扱いについて
ゲノム編集技術応用食品の中で、外来遺伝子及びその一部が残存しないことに加えて、人工制限酵素の切断箇所の修復に伴い塩基の欠失、置換、自然界で起こり得るような遺伝子の欠失、さらに結果として1~数塩基の変異が挿入される結果となるものは、食品衛生法上の組換えDNA技術に該当せず、また、それらの変異は自然界で起こる切断箇所の修復で起こる変化の範囲内であり、組換えDNA技術に該当しない従来の育種技術でも起こり得ると考えられることから、組換えDNA技術応用食品とは異なる扱いとすると整理することは妥当であること。
他方、開発したゲノム編集技術応用食品が従来の育種技術を利用して得られた食品と同等の安全性を有すると考えられることの確認とともに、今後の状況の把握等を行うため、当該ゲノム編集技術応用食品に係る情報の提供を求め、企業秘密に配慮しつつ、一定の情報を公表する仕組みをつくることが適当であること。
環境省もゲノム編集の生物の届出に関する通達を出している。
環自野発第1902081号
厚生労働省も、ゲノム編集技術応用食品に係る届出の実効性に関して、次の様な案を出している。
届出を怠った事がバレたら公表するという訳である。
さらに、次のようなことも対応できないか検討しており、これらにより、届出の実効性が十分確保されるよう取り組んでまいりたい。
・届出されていなゲノム編集技術応用食品が事後に確認された場合には、そのこともわかるように、当該食品等の情報を公表する。
・新たにゲノム編集技術応用食品の検知法が開発され場合は、食品等試買調査等を実施する。
食品衛生法上の特定の食品に係る規制及び措置に関する考え方について
個人的にはゲノム編集食品に取り立てて危険性が有るとは思わないが、食べたくない人が食べない選択ができるよう、表示は必要と思う。
新聞報道などでは表示の義務づけとの事であったが、消費者庁の情報を見た限りでは詳細は未定の様である。
岡村消費者庁長官記者会見要旨(平成31年3月27日(水))
いずれにしろ、今年中にはゲノム編集食品が流通する事になるのであろう。
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