ハチミツと乳児ボツリヌス症

 

 東京で今年の2月に乳児ボツリヌス症で、生後6ヶ月の乳児が死亡していた事が判った。
 東京都報道発表 
 乳児ボツリヌス症は1976年にアメリカで初めて報告され、日本では1986年に千葉県で最初に見つかっている。
 千葉県の例では、便中から分離されたボツリヌス菌と同型のA型菌が、輸入された蜂蜜から検出され原因食品と断定された。
 
ボツリヌス菌はクロストリジウム属の細菌で、偏性嫌気性で芽胞形成菌で、ボツリヌス毒素(ボツリヌストキシン)を産生する。
 ボツリヌストキシンはA型からG型までの7種類に大別され、ヒトではA、B、E、F型での中毒が多いとされる。
 ヒトのA型のボツリヌストキシンの傾向致死量は1μg/kgとされ自然界に存在する毒物としては最強とされている。

 ボツリヌス中毒の症状は筋肉の麻痺で、重症では呼吸筋も麻痺するために息ができなくなって死んでしまう。
 意識は最後まであるので、体が動かず、呼吸が出来なくなっていく苦痛と恐怖とにさらされながら死んでいくのだから悲惨なものである。
 家族全員が同じ料理を食べて皆発症してしまい、筋肉が麻痺しているので助けを呼ぶことも出来ず、一家全員が死亡ということもあった。
 出典:恐怖のボツリヌス中毒 – 北海道立衛生研究所

 ボツリヌス菌自体は加熱すると死滅し、ボツリヌストキシンも100℃で10分以上加熱すれば失活して毒性は無くなるといわれる。
 しかし、周囲の環境が悪化すると胞子を作り出し、この胞子は耐熱性が高く、120℃以上で4分間以上加熱しないと死滅しないと言われ、通常の煮炊きでは死滅しない事になる。
 また偏性嫌気性があるため酸素が存在していると生育出来ない。
 このためボツリヌス菌中毒は、自家製の缶詰や瓶詰めを作る習慣のある欧米では多いとされたが、日本では比較的少ないとされていた。
 ボツリヌス症について、横浜市衛生研究所 
 それにしてもこの筋肉を麻痺させる作用を利用して、痙攣などの治療にボツリヌストキシンが医薬品に使用されている。
 A型ボツリヌス毒素製剤ボトックス 
 また美容外科で皺取りなどにもボツリヌストキシン製剤が使われる。
 A型ボツリヌス毒素製剤ボトックスビスタ 
 いやはや「毒をもって毒を制す」というか「毒と薬は紙一重」といったことわざ通りの薬剤ではある。
 
 このボツリヌス菌中毒が一躍日本で有名になったのは、1984年に起こった患者数31名、死者9名を出した熊本県の辛子レンコン事件であった。
 辛子レンコンは熊本県の郷土料理で、明治以前は熊本藩主、細川家の秘伝料理であったという説もある。
 三香株式会社が製造販売した真空パックの辛子レンコンが原因と断定された。
 汚染源としては三香が特注した辛子粉では無いかと言われ、本来は冷蔵保存されるべきものが常温で流通したのが原因ではないかとされた。
 この事件は、被害者が多く、三香がこの事故で経営破綻したため被害者が満足な補償も受けられないという悲惨な結果となった。
 からしれんこんによるボツリヌス中毒事件の概要  
 東北地方の郷土料理の自家製のいずし(飯寿司)等でも散発的に発生はしていたが、いずしを作る習慣が廃れてきたため最近はいずしによる中毒少なくなったとされる。
 岩手県で発生したボツリヌス食中毒事例について 
 最近では2012年に起きた、岩手県の郷土料理の小豆ばっとうの真空パックによる中毒がある。
 鳥取県公表資料 
 岩手県公表資料 
 これは真空パックにして1時間煮沸消毒して製造したもので、裏面の一括表示には要冷蔵(5℃以下)の表示があったが表面には表示が無く常温保存されていたのが原因と見られる。
 鳥取県で発生した国内5年ぶりとなる食餌性ボツリヌス症   
 実は怖いのは真空パックで、ただの真空パックとレトルトパウチを混同している場合が多い。
 レトルトパウチは、プラスチックフィルムや金属箔などを多層に入り合わせた、遮光性と気密性を持たせた容器に入れ、容器内の食品の中央部が120℃以上4分間以上、または同等以上の熱か加わる状態に加圧加熱して殺菌している。
 通常の真空パックとは微生物レベルでの処理が全く異なっている。
 最近では農業や水産業などの第一次産業が食品加工・流通販売を手がける六次産業といわれる経営形態が有り、農林水産省も後押ししている。
 知り合いに業務用の食品生産設備業者がいるが、食品の安全性の観点から見ると、元々の食品加工業者と比較して安全性への知識が不足しているケースが多いとの事であった。
 多いのが真空パックをやりたいというケースで、真空パックは安全(と思ってるだけ)で、流通や販売の管理も楽との安易な考えがおおく、ヒヤヒヤしてるとの事であった。
 ボツリヌス菌の入った真空パックを常温で扱えば、内部はボツリヌス菌の天国の状態になるのは明らかである。
 ボツリヌス菌のこのような特性から、購入後の保存には菌の増殖をさせないように冷蔵することが大切だが、真空パックはレトルト食品とと混同されて、常温保存されてしまう危険性がある。
 そのため厚生労働省は食品事業者向けにリーフレットも作成している。
 ボツリヌス菌対策の徹底をお願いします 

 これまでの話は大人や、幼児以上の子供のばあいで乳児だと事情が異なってくる。
 大人などでは免疫か確立している上に、腸内では多くの常在菌がいわば縄張り争いをしてる訳で、そこに新参者のボツリヌス菌が紛れ込んでも増殖はできない。
 乳児の場合免疫も確立していない上に、腸内細菌群も種類が少ない。
 そこにボツリヌス菌の胞子が入り込むと、腸内でボツリヌス菌が活動するケースがある。
 順調に成長していた乳児が便秘傾向になり、全身の脱力、ほ乳力の低下、無表情、頸部筋肉の弛緩により頭部を支えられなくなるなどの症状が出るとされる。
 乳児ボツリヌス症 国立感染症研究所  
 ただし、死亡まで至るケースは少なく、日本では統計を取り始めた1986年以降で初めての死亡との事。

 今回のケースも原因はハチミツとされていて、発症の約1ヶ月前から離乳食として市販のジュースにハチミツを混ぜて与えていたとの事。
 ハチミツはミツバチが花から集めてきた物で、当然自然界に存在する細菌や真菌、それらの胞子等も含んでいる。
 ハチミツは水分活性が0.8~0.75と低いため、それらの微生物は活動できずに死滅したり休眠状態となっている。
 ハチミツにはボツリヌス菌の胞子が含まれている場合が多く、1歳未満の乳児が食べるとボツリヌス症の原因となり、乳児ボツリヌス症の原因の多くはハチミツと言われている。
 厚生労働省の『離乳の支援ポイント』という文書にも、「なお、はちみつは乳児ボツリヌス症予防のため満1歳までは使わない」と明記されている。

 料理レシピのコミュニティウェブサイトのクックパッドに、離乳食にハチミツを使うレシピが載っていて非難されている。
 りんご寒(りんごゼリー) の様に、「ボツリヌス菌の心配もあるので1歳未満のお子様に蜂蜜を与えないで下さい」と明記してるレシピもある一方で、ワンワン☆ヨーグルトアートの様に「離乳食の赤ちゃんでも食べれますよ!」等もある。
 (2017/04/09の時点)

 ハチミツと離乳食と言えば、今ではトンデモグルメ漫画とも言われている『美味しんぼ』の「はじめての卵」(第469話 2000年10月2日発行ビッグコミックスピリッツ42号掲載)も大問題となった。
 赤ちゃんの離乳食にハチミツと半熟卵を勧めるという話が掲載されて問題になり、ビッグコミックスピリッツ44号で編集部と原作者が謝罪する羽目になった。

 今回の件は、ハチミツは自然食品で健康に良いと考え、良かれと思った事が裏目にでたわけで、残念な結果となった訳である。 
 自然食品は安全であるという思い込みも有るのだろうが、自然食品にもそれなりのリスクがある事を自覚すべきと思う。

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