フードファディズム・牛乳 其の壱

 

 今回もビジネスジャーナルの『牛乳・チーズ・ヨーグルト、発がん性の危険 寿命短縮や骨折増加との調査結果も』をネタに・・・・
 第一回目は乳糖に関して。 乳糖:前編

 牛乳の摂取が危険との説があるが『1日2食健康法』なるサイトも結構酷い内容。

 さらに牛乳には乳糖が含まれているのが問題だ。
 牛乳を飲むと下痢をすることがあるが、その原因となっている成分がこの乳糖である。
 乳糖(ラクトース)を分解するにはラクターゼという酵素が必要だが、この酵素をつくることのできる日本人というのは15%しかいない(統計法によりバラつきがあり、5%との説もある)。

 乳糖をグルコース(ブドウ糖)とガラクトースに加水分解する酵素はラクターゼ(β-ガラクトシダーゼ)が無いと乳糖が消化できない。
 『この酵素をつくることのできる日本人というのは15%しかいない』は間違いで、成長に伴い減少するが正しい。
 人間の母乳は動物乳の中で最も乳糖が多い。
  ヒト  7.2%
  ウマ  6.2%
  ウシ  4.8%
  ネコ  4.8%
  イヌ  3.1%
 β-ガラクトシダーゼが欠損していると母乳も消化出来ない事になる。
 作ることができないのでは無くて、成長に伴い栄養源として乳糖の必要性が減るためβ-ガラクトシダーゼが減少していくためで、哺乳類は、授乳期が過ぎるとほぼ例外なくβ-ガラクトシダーゼの活性が低下してしまうが異常ではない。
 下痢と言っても様々で、病原性の下痢や抗がん剤の副作用などの下痢は危険で、発展途上国の乳幼児で下痢が原因の死亡も多い。
 牛乳による下痢は乳糖が消化されないで大腸に届くと、大腸内の浸透圧が高くなり水分の吸収が妨げられるためで、出してしまえば収まり危険性は低い。
 非消化性の糖のラクツロースや糖アルコールのソルビトールは、長期間にわたり、より安全に使える下剤として使用されている。
  なぜ透析患者さんの便秘にD-ソルビトールが処方されるの?PHARMA STAFF 

 乳糖不耐症を調べるには乳糖負荷試験を行えば判る。
 乳糖を摂取した後に血糖値を調べれば、β-ガラクトシダーゼの活性が高ければ乳糖摂取後に血糖値が上昇し、活性が低ければ血糖値に変化が無いため判定できる。
 聖霊女子短期大学の塚田が、74名の若年女子集団を対象として行った調査では、82.4%が乳糖不耐症者であると判定されたという。
 そうなると日本人の大部分が牛乳を飲めない事になり、牛乳は商品として成立しない事になるが、実際にはその様な事は無い。
 塚田らはマウスの実験で、乳糖を含まない飼料で飼育したグループと牛乳を与えたグループに分けて飼育し、糞便中の細菌類を計測し、牛乳を与えたグループではラクトバチルス、ビフィズス菌の様な乳糖を代謝できる細菌類が増えるという結果を得ている。
 そしてβ-ガラクトシダーゼの活性が低くても、腸内細菌の助けを借りて乳糖を分解していると推定している。
 牛乳摂取習慣と乳糖不耐症/聖霊女子短期大学・塚田三香子 

 長崎県立長崎シーボルト大学大学院の奥は、BMIがふつうの範囲で、抗生物質を飲んでいない、便秘の症状がないことなどを条件に53人の被験者を募り乳糖の摂取試験を実施している。
 乳糖の摂取は30gから始めて40、50gと増量していき、最大量が60gとし水溶液にして摂取させ、被験者が下痢を起こした時点で実験を終了した。
 乳糖の水溶液は飲みにくいため、下痢を起こす前にドロップアウトする被験者も出るが、結果として、乳糖30g摂取では下痢を起した人はなく、40gでは49人中5名、50gでは42人中16名が下痢を起こした。
 ところが60gを摂っても半数近くの人は下痢を起こしてなく、個人差が大きい事が判る。
 この実験データをもとに体重あたりの下痢誘発時の摂取量を算出し、最大無作用量を計算して、乳糖で体重1kgあたり0.71gとしている。
 体重50kgの人であれば、35.5gの乳糖を摂取しても、特異体質でない限りほとんど下痢を誘発する心配はないだろうということであり、この乳糖量は牛乳ビンに換算すると4本ぐらいに相当するという。
 塚田の調査では乳糖不耐症者は82.4%と言う事になるが、奥の実験では牛乳ビンに換算すると4本程度の牛乳では乳糖が原因の下痢を起こす可能性は低いという。
 奥は腸内細菌の乳糖分解の差が下痢を起こしやすいか、起こしにくいかの差になるとしている。

 オリゴ糖や小腸で消化吸収されなかった乳糖等は、大腸内の細菌の働きによりピルビン酸となり、さらに酢酸、酪酸、プロピオン酸といった短鎖脂肪酸に転換されて大腸から吸収され、エネルギーとして利用され、消化しにくいオリゴ糖等でも砂糖の半分ぐらいはエネルギーとして利用されているという。
 ピルビン酸から短鎖脂肪酸が生産されるときに、水素、メタン、二酸化炭素が発生しこれらは呼気の中に排出されるが、ヒトの代謝では水素が発生する事が無いため、呼気中の水素を測定する事で大腸の中でどれだけの糖類が腸内細菌によって分解されているかを知ることができる。
 奥の実験では実験は最初に乳糖30gを飲んでもらいその後30分おきに採血と呼気の採取を行ない、これを6時間続けた。
 30gの乳糖はβ-ガラクトシダーゼにより分解されるとガラクトースとグルコース(ブドウ糖)に分れ、15gのグルコースができるわけだから、その分血糖値が上がるはずである。
 対照とするために15gのブドウ糖を飲んでもらった被験者のデータと比較すると、ブドウ糖を摂取した被験者では30分後に血糖値の明らかな上昇が見られるか、乳糖でははっきりとしたピークが見られなく、血中インスリン濃度の測定でも30gの乳糖を摂取した場合に有意差が出るほどの変化は見られなかった。
 一方、呼気中の水素だが、乳糖摂取量を10gに減らし実験してみたところ、血糖値とインスリン濃度では有意差が認められるほどのピークは観察できなかったが、呼気中の水素では摂取後3~4時間後に小さなピークが見られた。
 30g摂取のデータと10g摂取のデータを重ね合わせて検討してみると、乳糖を10グラム摂取しても血糖値や血中インスリン濃度はほとんど上昇しないが、乳糖10グラム摂取では呼気水素ガスがわずかに上がり、30グラム摂取では顕著に上がり、6時間後ぐらいにもとのレベルに戻ってくる。
 つまり、小腸で消化吸収されなかった乳糖は大腸内の細菌により、分解される事が確認出来たとしていて、細菌が作った短鎖脂肪酸の一部は大腸から吸収され人間のエネルギーとして使われるとのことである。
 結論として、腸内細菌の乳糖分解の差が乳糖不耐症(下痢)を招くとしている。
 メディアミルクセミナーNo3 

 これは大いにあり得るといえる。
 たとえば、植物を形作るセルロースは動物は消化出来ない。
 それでは、なぜ牛や馬やヤギなどの動物は草を喰って生きていけるかというと、消化管内の細菌や原生動物などの微生物がセルロースを分解し、それを吸収するため。
 人間はビタミンK2を作ることが出来ないが、腸内細菌が作り出すビタミンK2を利用している事は知られている。
 また、人間は海藻の多糖類を消化吸収できないが、日本人の一部は海藻の多糖類を分解できる腸内細菌を持っているという研究もある。
 AFP BB NEWS 
 β-ガラクトシダーゼ活性が低下したため本来は消化出来ない乳糖も、腸内細菌の手助けで利用できると言う事になる。
 それであれば、80%以上が乳糖不耐症と言われながら、実際は多くの人は牛乳を飲んでも大丈夫というのが理解できる。
 腸内細菌、偉大なりと言ったところか。

 さらに腸内細菌が作り出す水素がヒトに有用であるという研究もある。
 酸化ストレスを加えたラットに水素ガスを吸入させることによって、ヒドロキシラジカル(いわゆる活性酸素呼ばれる分子種のなかでは最も反応性が高く、最も酸化力が強い)が特異的に補足され、酸化障害が軽減されれる事が見いだされた。
 これは生体内で水素が還元性を示す事を明らかにしたものであり、その後も水素分子が抗酸化作用を示す報告がされている。
 名寄市立大学の西村らは乳糖20g摂取後の呼気中の水素濃度の変動から、ヒトの門脈血流中の水素濃度を推定した。
 20gの乳糖摂取で摂取後8時間で96ml~108mlの水素が呼気に排出され、門脈血流中の平均水素濃度は6.4~7.2μMと推定している。
 糖尿病、虚血性疾患、動脈硬化などのような生活習慣病の多くは、酸化ストレスの増大にともなった障害によって発症、進展が誘導される。
 大腸で生成した水素でこれらの酸化ストレスを軽減できれば、様々な生活習慣病の予防につながることが期待される。
 生体内に水素の供給方法としては、水素ガスの吸入や水素水の飲用が有る。
 日常的な水素摂取として、水素の吸入は現実的で無く、水素水の飲用は摂取後に水素の血中濃度がピークを迎え、30分後には元に戻る。
 また水素の水に対する溶解度が低く、飲める量にも限りが有る。
 その点、西村のラットを使った実験では十分な発酵基質を大腸に送れば、24時間水素生成が維持されることを確認したとしている。
 また、奥の研究でもヒトの30gの乳糖摂取で摂取後3~4時間後に呼気中水素濃度がピークになり、6時間後に元のレベルに戻ったとしている。(ミルクセミナー
 水素の供給源として、腸内細菌による難消化性の糖類、糖アルコールから生成した水素が有効としている。
 <大腸発生水素による酸化ストレス軽減と生活習慣病予防の可能性/名寄市立大学・西村/食品と開発、2013年1月号>

 長崎県立大学の中村らは難消化性の糖質による腸内細菌由来の水素が、非病原性下痢を抑える作用があるとしている。
 中村らは、難消化性甘味糖質であるフラクトオリゴ糖がバングラデシュスラム街に在住する小児の下痢発症ならびに症状を改善すること、グアーガムおよび結晶セルロースに高浸透圧性下痢誘発に対する抑制作用のあることなど、難消化性糖質経口摂取による下痢改善効果を明らかにしている。
 下痢誘発実験動物モデルへフラクトオリゴ糖を継続摂取させ腸内細菌叢の変化と下痢抑制作用との関連性を検討し、その結果、体外排出水素ガス濃度が高く、酸化ストレスマーカーや炎症性サイトカインが良好であり、腸内細菌由来有害酵素活性低下等との関連性が推察されたとしている。
 下痢抑制に及ぼす難消化性糖質経口摂取による腸内細菌由来水素ガスの影響に関する研究/中村禎子・長崎県立大学 

 これらの研究は、どの細菌が関与しているかなどの詳しい研究が必要だが、消化出来ないから摂取しても意味が無いと言われた乳糖が、ヒトの健康に関与している可能性が高いといえる。

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