肥薩線、球磨川第一橋梁、第二球磨川橋梁流失
鉄道にも大きな被害が発生していて、肥薩線の球磨川第一橋梁、第二球磨川橋梁が流失した。
肥薩線の球磨川第一橋梁は鎌瀬駅の東寄りで、球磨川を渡るとすぐにトンネルに入る。
国土地理院の航空写真で見ると球磨川第1橋梁の鎌瀬駅寄りのガーター橋の部分と、川の中央付近のトラス橋の部分が流失している。
当初は第3球磨川橋梁も流出という話も出ていたが、共同通信の動画などを見ると第二球磨川橋梁の流出であった。
ここは、大きな犠牲者を出した球磨村の老人介護施設の千寿園の少し下流になる。
中央の流出した赤いトラスは第2球磨川橋梁の隣の県道352号線の相良橋で、右下が第二球磨川橋梁である。
逆方向からの画像で、右上が第2球磨川橋梁
第2球磨川橋梁のトラス二基が流出鉄道の橋梁の流出は最近は珍しくないが、橋脚流出というのが多い。
久大線の花月川橋梁、今は亡き三江線の井原川橋梁、芸備線の第1三篠橋梁はいずれも橋脚が倒壊している。
それに対して、球磨川第一橋梁、第2球磨川橋梁は橋脚はしっかり残っている。
球磨川第一橋梁、第2球磨川橋梁はいずれも明治期の建造物であり、造りがしっかりしていたのかも知れない。
球磨川第一橋梁、第二球磨川橋梁は1908年完成の米アメリカン・ブリッジ社の建設による。
石とレンガでできた橋脚と「トランケート式」という珍しい構造のトラスを持ち、鉄道写真の撮影スポットでもあり、明治の近代化産業遺産であった。
橋梁流出の復旧には河川の改修と合わせて行われることが多く、復旧にまで時間がかかることが多く、1年前後かかる場合が多い。
肥薩線見合わせは九州の鉄道網の打撃になるのは間違いない。
くま川鉄道の第4球磨川橋梁も流失し、所有する車両5両も冠水し、第3セクターの鉄道としては経営上の打撃は大きい。
7日になり、今度は流出した花月川橋梁が復旧したばかりの久大線の第2野上川橋梁が流出した。せっかく全線復旧したばかりの久大線の橋梁流出は、経営状態が思わしくないJR九州にとって打撃が大きかろう。
久大線、肥薩線、くま川鉄道の復旧を祈るばかりである。
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