甲状腺がん急増???

   2016/05/19

 理髪店に置いてあった、少々古くなった週刊新潮3月24日号に、『「甲状腺がん」増加を喧伝した「情報ステーション」の罪』という記事が載っていた。
 「原発事故による放射線の影響で甲状腺がん患者が急増した可能性がある」と報道し、いたずらに不安を煽るばかりのニュースを流した、と言う内容である。
 甲状腺がんに関しては、原発事故以前は集団検診をした事は無く、集団検診によるスクリーニングにより見つかっていなかった甲状腺がんが見つかっただけという、いわば「スクリーニング説」「過剰診断説」と、それを真っ向から否定する「被曝影響説」が有る。
 また、福島原発の影響は無く、過剰診断説に対し「現在の知見で必要とされる治療をしている」との反論も有る。

 「過剰診断説」を唱えるのは、国立がん研究センターの津金昌一郎予防研究グループグループ長(2016年4月1日時点)である。
 福島県における甲状腺がん有病者数の推計  
 「被曝影響説」を唱えるのは岡山大学の津田敏秀教授で、全国と比較し福島では「全国の約30倍」の甲状腺がん患者が発生しているとしている。
 Thyroid Cancer Detection by Ultrasound Among Residents Ages 18 Years and Younger in Fukushima, Japan: 2011 to 2014   
 「過剰診断説」を否定していたのは福島県立医大の鈴木真一教授
 琉球大学矢ヶ崎克馬も「スクリーニング説」を否定している。
  教えて!矢ヶ崎克馬教授  

 「スクリーニング説」を裏付ける事例として韓国の例が挙げられる。
 韓国で社会問題となっている甲状腺癌の正体  
 がんの「早期発見」は、すべきではない!? 

 1999年から韓国では、国が主導となって癌検診を積極的に行なうようになり、この癌検診は乳癌、子宮頚癌、大腸癌、肝細胞癌を対象としたもので、対象の検診については、無料もしくは高所得者のみ一定の負担金を払う、という制度になっていた。
 この項目には甲状腺癌は含まれていなかったが、医療機関は安価な負担で、オプションとして甲状腺の超音波検診を導入し、多くの医療機関では、そのオプションを含めた検診プログラムを勧めたので、結果として甲状腺癌の超音波検診が、多くの症状のない住民を対象として、施行された。
 その結果、韓国では2000年代に甲状腺がん検診を受ける人が急増し、罹患率が2011年には1993年の実に15倍にもなる事態となった。
 そして甲状腺がんの見つかった患者はほとんどが全摘手術や部分切除がなされた。
 ところが甲状腺がんによる死亡率はほとんど変化がなく、罹患率が急上昇しているのに死亡率が変化しないのは過剰診断を示唆するパターンであるとされる。
 韓国の甲状腺癌急増とその影響について  

 体内に吸収されたヨウ素の70~80%は甲状腺に存在しており、甲状腺ホルモンを構成している。
 甲状腺ホルモンから遊離したヨウ素、及び血漿中の余剰なヨウ素は最終的にその 90% 以上が尿中に排泄される。
 放射性ヨウ素が問題となるのは、ヨウ素が甲状腺に蓄積されるための甲状腺の放射線障害の原因となるためで、特に問題になるのは半減期の比較的長いヨウ素131(半減期約8.1日)。
 チェルノブイリ原発事故と福島原発事故で放出された放射性ヨウ素の推定量は、様々な推定量があるが真面そうなデータを選んだ。

 チェルノブイリフォーラム  
 チェルノブイリ原発事故に関するレポート  
 国連科学委員会2013報告書
 Report on the Fukushima Dai-ichi Nuclear Disaster and Radioactivity along the California Coast  
 ヨウ素131の放出量はチェルノブイリの方が多いという報告である。
 チェルノブイリと福島:事故プロセスと放射能汚染の比較 ヨウ素131が崩壊する際、ベータ線とガンマ線が放出されるが問題になるのはβ線の方。
 経口または吸入で摂取されたヨウ素131は甲状腺に蓄積し、ベータ線を放出するため甲状腺に障害を与える事になる。
 主な摂取ルートは牧草に付着したヨウ素を牛乳経由で摂取したり、ヨウ素の付着した野菜等の農作物や飲料水などから経口摂取が主で、高濃度の場合は吸入摂取も無視できなくなる。

 旧ソビエトの放射性核種の一時許容レベルは次の通り。
 ソビエトは1991年12月に解体していて、それ以降は各国で制定している。

 食品規制値の推移

 食品の放射線の規制は日本の方が早く、そもそも規制値そのものが日本の方が格段に低い。
 日本の食品の放射線規制値は次の通り。

 暫定値は内部被曝5mSv/年になる様、新基準値は内部被曝1mSv/年になる様に設定されている。
 ベラルーシ、ウクライナなどの規制値と比べて、日本の規制値と比べると甘いという批判も有るが、年間の内部被曝量が1mSv/年になる様に設定されているのは同じ。
 国により生活スタイルが違っていて、それに逢わせた基準になっている。
 野生イチゴとかキノコ等、習慣的に採取して食べる習慣がある事が判る。

 日本ではではチェルノブイリと比較して、早い時期により厳しい食品の規制をしていたわけである。
 チェルノブイリ原発事故では、東電福島第一原発事故と異なり、被災地で自家消費が多かったため、内部被ばく対策が特に重要であった。
 しかしながら、事故当時のソ連政権下では、そもそも情報提供が不十分で指導も十分に行われなく、基準自体についても東電福島第一原発事故と比べて規制の水準が緩く、導入のタイミングも遅かった。
 そして、自家消費に依存する農村で食品規制を行った場合、生活に必要な食品を確保できなくなるため、食品規制の実行性も乏しかった。

 避難のタイミングや対象者もかなり違っている。
 日本の場合、当初より年間被曝量が20mSv/年が避難対象となっていて、チェルノブイリの年間被曝量100mSv/年に比べて厳しかった。

 避難の時期も早かった。
 
 避難の時期が早いほど放射線の影響が減るのは間違いない。

 プリピチャ市はチェルノブイリ原発より約3.5km離れていて、事故翌日には避難が始まっていて、他の地域より放射線の影響が低くなっている。
 放射線の影響を低くするには、早期避難が有効なことが判る。

 実際の被曝量はどの程度かは原子力規制委員会の「チェルノブイリ原発事故に関する調査レポート」に記載されている。
 
 チェルノブイリと福島では被曝量が違っている。

 そもそもチェルノブイリ原発事故の頃より、ガンの診断技術が向上しているとの説もある。
 かつての超音波エコー装置の精度はあまり良くなかったが、2000年頃以降から精度が良くなり、最新鋭の超音波エコーでは1~2mmの結節も検出できる様になっている。
 チェルノブイリ事故の頃は発見できなかったガンも現在では発見できる可能性が高い。
 また、判定の基準自体が厳しいとの説もある。

Q35
 このたびの福島原発の事故にかかわり、行われております「福島県健康管理調査」の甲状腺検査の結果にかかわって、資料等を探しております。
 下記のアドレスに掲載されている資料の中で、http://www.pref.fukushima.jp/imu/kenkoukanri/240426shiryou.pdf判定の方々の割合が高いように素人目には映るのですが、比較対象の数字がありませんので、評価ができずに困っています。
 福島事故の影響を被っていない、一般の方の場合、同種の検査をすると、判定が出る頻度はどの程度となるのでしょうか。それらが分かる従来の研究資料など、ご紹介いただければ幸いです。

 A35
 残念ながら一般の子どもで広く甲状腺の検査を行って、結節の頻度が集計された結果はありません。
 大人では超音波で発見された結節の頻度の報告がいくつかあり、それらをまとめた代表的な英語の論文が1996年に出ています。
 1)日本語では「甲状腺腫瘍治療ガイドライン2010年版」
 2)でその論文の内容が紹介されていますが、超音波検査の四つの前向き試験で17-64%に甲状腺結節が発見されたとあります。
 かなり頻度に幅がありますが、これらの研究は少なくとも1996年以前に行われたもので、超音波の機械の性能が現在とはかなり異なります。
 現在の機械は性能がかなり良くなり1-2 mmのごく小さな結節も検出することができますので、現在の超音波の機械で検査を行うと頻度はもっと上がると思われます。大人の場合は10 mm以上の結節があると二次検査になることが多いのですが、福島の場合は5.1 mm以上で二次検査になっていますので、かなり厳しい基準で検査が行われているようです。
 1)Tan G, Gharib H. Thyroid incidentalomas: management approaches to non palpable nodules discovered incidentallyon thyroid imaging. Ann Int Med 1997; 126: 226-231
 2)日本内分泌外科学会・日本甲状腺学会編集。甲状腺腫瘍治療ガイドライン2010年版。金原出版株式会社

出典:放射線影響研究所、福島第一原子力発電所事故 Q&A  

 そして、高精度の超音波エコー装置でスクリーニングした罹患率と、自覚症状があって受診した場合の罹患率を比較すること自体が誤っているとの批判もある。

 また、日本は世界的に珍しいヨウ素過剰摂取国であり、放射性ヨウ素の影響を受けにくいという説もある。
 日本では海藻を日常的に摂取していて、その中でも昆布は大量のヨウ素を含み、国によっては乾燥昆布の販売を規制している国もあるくらいである。
  
 世界的にはヨウ素の摂取が不足している国が多く、ヨウ素を添加した食塩を販売している国も多い。
 MORTON IODIZED SOLT   
 摂取されたヨウ素は甲状腺に取り込まれるわけだが、放射性ヨウ素も甲状腺に取り込まれて、ベータ線を放出して甲状腺に障害を与える事になる。
 放射性ヨウ素の被害を軽減させるために、医薬品としてヨウ化カリウムを大量に投与し、放射性ヨウ素の影響を軽減させる事になる。
 
 日本の場合、元々ヨウ素の摂取量が多いため放射性ヨウ素を摂取しても、すでに甲状腺には必要なヨウ素が取り込まれていて、放射性ヨウ素の影響は少ないとする説もある。

 日本のマスコミの報道やネット上では、福島原発と甲状腺がんが関連性有りとする主張が多いが、外国の報道を見るとそうばかりでもなさそう。
 世界で特に権威がある学術雑誌の一つとされている「Science(サイエンス)」に「Mystery cancers are cropping up in children in aftermath of Fukushima」という記事が載っている。
 「福島の余波で子供たちに謎のガンが発生」とでもなるのだろうか。
 「Science」の記事は、福島原発事故に関する津田教授の論文を、高感度超音波診断機器での検査結果と、自覚症状で受診した場合の罹患率を比較する事が大きな誤りと批判している。
 また、津田教授の論文で大喜びしているのは反原発主義者たちとしている。
 サイエンスの記事の翻訳は国立医薬品食品衛生研究所の畝山さんが運営する、食品安全情報blogに載っているので是非見ていただきたい。

 国連科学委員会2013年報告書では、これらの検査が、非常に小さな嚢胞や結節まで検出する最新の高感度超音波診断機器を用いて実施された点に注目すべきで、最新の診断技術の使用とスクリーニング率の向上により、これまで検出されなかった疾病が発見される事を反映している可能性がある、としている。(PDFファイルの251ページ以降、長期的な医学的モニタリング)
 UNSCEAR 2013年報告書  
 この内容に納得できない市民団体はこの報告書を批判している。
 福島事故の被ばく影響なし?「国連科学委員会」報告に異論相次ぐ。(異論相次ぐと言ってもほとんどが、このサイトを見ると反原発派の団体の様だが)
 国連科学委員会では、この2013年報告書に関する反論を含めて、再検証する形で白書をだしている。
 東日本大震災後の原子力事故による放射線被ばくのレベルと影響に関するUNSCEAR2013年報告書刊行後の進展 
 この2015年白書でも、福島県の若年層の甲状腺がんの有病率の明白な上昇がおそらく集団検診による物であるとの示唆を支持している、としている。(PDFファイルの26ページ以降、新規刊行物のレビューで得られた知見)
 >青森、長崎、山梨の若者を対象にし、福島県の県民健康調査と類似した測定器と検診手法を用い、3才~18才の4,365名のうち1名で甲状腺がんが発見した。(100万人当り230名の有病率)
 >千葉大学の日本人学生9,988名のうち3名(100万名当り300名に相当)、岡山大学では2,307名のうち3名(100万名当り1,300名に相当)、慶応高校で2,868名の女子生徒のうち1名(100万名当り350名に相当)が甲状腺がんと診断されたという。

 検査をすれば異常が見つかるというのは当然と思えるが・・・・・

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